MEMS(メムス)とは、Micro Electro Mechanical Systemsの略称で、微細な機械要素部品と電子回路を組み合わせた微小な電気機械システムを指す。スマートフォンや自動車、医療機器など、日常生活から産業機器まで幅広い分野で活用されている。
本記事では、MEMSの基本や半導体との違い、市場動向、具体的な用途、主要メーカーまでを詳しく解説したい。MEMSの基本について体系的に理解したい方にとって、網羅的な情報を得られる内容といえるだろう。
目次
MEMS(Micro Electro Mechanical Systems)とは?
MEMS(Micro Electro Mechanical Systems)とは、微小な電気機械システムを意味し、センサーやアクチュエーター、電子回路などをミクロンレベルの構造で一体化した超小型デバイスの総称だ。主に半導体のシリコン基板やガラス、有機材料などを用いて構成され、日本では「マイクロマシン」とも呼ばれることがある。
MEMSデバイスの本体サイズは一般にミリメートル単位だが、その内部部品はマイクロメートル(µm)レベルの微細な構造を持つ。代表的な製品には、加速度センサ、ジャイロセンサー、圧力センサー、MEMSマイクやスピーカーなどがある。
これらの多くは半導体製造と同様の技術を使ってウエハー上に作製され、電子部品としてスマートフォン、自動車、医療機器など幅広い分野で実用化されている。
MEMSと半導体の違い
半導体は、主に電子回路の構成要素として使用される素材やデバイスを指し、電気信号のスイッチングや増幅、演算、記憶などの情報処理機能を担うものだ。半導体の代表例として、トランジスタやメモリ、プロセッサなどがあり、電子の流れを精密に制御するためにシリコンなどの材料を使用して製造される。
一方、MEMSはこうした電気的制御に加え、機械的な動作を組み合わせたデバイスである点が大きな違いだ。MEMSには可動構造が存在し、加速度センサやジャイロスコープ、マイクロポンプ、可変光学ミラーなどのように、物理的な動きを伴うセンシングやアクチュエーションが可能である。
項目 | 半導体 | MEMS |
---|---|---|
定義 | 電気信号を制御・処理するための素材やデバイス | 電気制御と機械的動作を融合した微小電気機械システム |
主な用途 | 演算、記憶、通信など情報処理 | センシング、アクチュエーション、物理的検知・動作 |
代表例 | トランジスタ、メモリ、CPU | 加速度センサ、ジャイロセンサ、マイクロポンプ |
構造 | 電気回路中心、機械的構造は持たない | 微細な可動部品や機械構造を内蔵 |
製造技術 | 半導体微細加工技術 | 半導体微細加工に加え、機械加工プロセスも含む |
MEMSは半導体と同様の微細加工技術を用いて製造されるが、単に電気信号を処理するだけでなく、機械的エネルギーを加味した複合的な機能を提供する点で、用途や構造に明確な違いがある。また、わかりやすく例えると、半導体は「電子の信号を処理する頭脳」であるのに対し、MEMSは「情報を受け取る感覚器官や体を動かす筋肉」だといえる。
MEMSの市場規模

MEMSの市場規模は年々拡大しており、Mordor Intelligenceの調査によれば、2025年には182億3,000万米ドルに達し、2030年には273億2,000万米ドルへと成長すると予測されている。また、予測期間中(2025~2030年)の年平均成長率(CAGR)は8.43%と高水準だ。
市場拡大の背景には、産業オートメーションの進展やウェアラブルデバイス、コネクテッドデバイスなど小型電子機器の需要増がある。特に近年は、MEMSの主用途がスマートフォンなどの消費者向けデバイスから自動車関連用途へとシフトしている点も大きな流れの1つだ。
地域別では、中国、韓国、日本、インドといったアジア諸国が今後の市場を主導すると見られている。フランスの半導体市場調査会社が発表した「2023年世界MEMSサプライヤ売上高ランキングトップ30」によれば、、ドイツのロバート・ボッシュが1位、米国のブロードコムが2位、日本のTDKが3位となっている。さらに、10位にキヤノン、16位の村田製作所、18位にセイコーエプソンの4社が上位に名を連ねており、日本企業の存在感も大きい。
また、世界のトップMEMSファウンドリは、スウェーデンのSilex Microsystems、次点がカナダのTeledyne MEMS、台湾のTSMCと続く。日本企業ではソニーセミコンダクタが6位にランクイン。
MEMSを構成する3つの要素

MEMSは、極小のサイズながらも様々な部品で構成されている精密機器だ。ここではMEMSの動作を支える基本構成として重要な3つの要素を紹介する。
センサー
MEMSに組み込まれるセンサーは、微細加工技術によって実現された小型・高性能な構造を持ち、省スペースでの搭載が可能なうえ、低消費電力かつ高感度という特徴を備えている。これらのセンサーは主にシリコン基板をベースに、フォトリソグラフィ、エッチング、薄膜堆積といった半導体製造技術を応用して製造される。
代表的なセンサーには、加速度センサやジャイロセンサ、温度センサー、圧力センサー、音響センサーなどがあり、物理的な動きや環境変化を高精度に検知する役割を果たす。
アクチュエーター
MEMSにおけるアクチュエーターとは、電気エネルギーを移動、振動、回転などの機械的な動きへと変換する微小なデバイスを指す。センサーが外部からの物理的変化を検知するのに対し、アクチュエーターは逆に能動的に物理的変位を生み出す役割を担っており、MEMSの機能性を大きく広げる要素である。
駆動原理としては静電、圧電、熱、磁気などが用いられ、構造は非常に微細ながらも高精度な制御が可能である。応用例には、レーザー光の方向を制御するMEMSミラー、光信号を制御する光スイッチ、微細流体を制御するマイクロバルブなどがある。
電子回路
MEMSにおける電子回路は、センサーやアクチュエーターから得られた信号の処理や制御を担う中核的な要素だ。微小な機械構造だけでなく、電子回路を組み込むことで、MEMSは単なる検出・動作デバイスにとどまらず、高度な情報処理機能を持つシステムとして機能する。
具体的には、アナログ信号の変換や増幅、ノイズの除去といったフィルタリング、信号のデジタル化、さらには基本的な演算処理まで行える。これにより、MEMSデバイスはセンサ情報を即座に処理し、外部システムと連携するためのインターフェースとしても活用される。
MEMSの用途・活用例
MEMSは私たちの生活に広く浸透しており、さまざまな製品の中で重要な役割を果たしている。ここでは、身近な分野で活用されている5つの代表的な用途を紹介したい。
自動車
近年の自動車には、高度な制御、安全性、快適性、省エネ性を実現するために多数のMEMSデバイスが搭載されており、1台あたり100個以上のMEMSが使われることもある。
代表例として、エアバッグシステムにはMEMS加速度センサが組み込まれており、衝突時の加速度を瞬時に検知し、必要に応じてエアバッグを展開する。さらに、車両の姿勢や旋回運動をリアルタイムで把握するために、ジャイロセンサや加速度センサが活用されており、横滑り防止装置(ESC)、自動ブレーキ、レーンキープアシストなどの先進運転支援システム(ADAS)にも欠かせない要素となっている。
AIスピーカー・イヤホン
AIスピーカーやワイヤレスイヤホンには、音声認識機能を支える中核部品としてMEMSマイクロフォンが搭載されている。MEMSマイクは高感度かつノイズ耐性に優れ、周囲の環境音の中からユーザーの音声を正確に捉えることができるため、スムーズな音声操作を可能にする。
特にAIスピーカーでは、ユーザーの発話を常時監視する「ウェイクワード検出」機能において、MEMSマイクの小型性と低消費電力性が重要な役割を果たしている。また、複数のMEMSマイクを組み合わせたビームフォーミング技術により、音源の方向を特定することも可能となり、より精度の高い音声認識が実現されている。
スマートフォン
MEMSはスマートフォンの操作性やユーザー体験の向上において重要な役割を果たしている。加速度センサは、端末の傾きや動きをリアルタイムで検知することで、画面の自動回転や歩数計測、ジェスチャーによる操作機能を可能にしている。
また、ジャイロセンサーはスマートフォンの回転運動を高精度に検出し、ゲームや拡張現実(AR)アプリにおける視点制御、カメラ撮影時の手ぶれ補正などに利用されている。これらのMEMSセンサは小型かつ高性能で、スマートフォンの軽量化・省電力化を実現しながら、高度なユーザーインターフェースを支えている。また、近接センサや圧力センサなども含め、多数のMEMSデバイスが搭載されることで、スマートフォンの多機能化が可能となっている。
血圧計
MEMS圧力センサーは、血圧計において血圧の変化を高精度に検出するために使用されており、従来型の圧力センサーに比べて小型・高感度・高応答性という特長を持っている。このため、医療現場での使用だけでなく、家庭用のデジタル血圧計にも幅広く採用されている。
また、その小型性により、携帯型や腕時計型などのウェアラブル血圧計にも応用されており、日常的な健康管理や遠隔モニタリングを支える技術として注目されている。MEMSの導入によって、血圧測定機器はより使いやすく、正確で、持ち運びやすい形へと進化している。
プロジェクター・ディスプレイ
プロジェクターやディスプレイ分野でもMEMS技術は高精細かつ小型な映像表示に寄与している。とくにDLP(Digital Light Processing)技術では、MEMSベースのDMD(デジタル・マイクロミラー・デバイス)が用いられ、数十万~数百万の微小ミラーを高速に制御して明暗を生成し、色輪やRGB光源の時分割照明(あるいは3チップ方式)と組み合わせて高精度な色再現を実現する。
また、レーザー光源とMEMSミラーを組み合わせたプロジェクターは、光を高速に反射・走査することで鮮明な映像を投影でき、携帯型やヘッドアップディスプレイなどで実用化が進む。MEMSによる光制御は高輝度・高解像度・小型化の両立に大きく寄与する中核技術であり、次世代映像機器における主要なアプローチの一つとされている。
MEMSを開発するメーカー・企業
MEMS市場を牽引する企業は世界中に存在しており、技術力や製品展開で注目される企業も多い。ここでは、MEMS開発で世界的に実績を持つ代表的な5社を紹介したい。
ロバート・ボッシュ
ロバート・ボッシュは、ドイツに本社を置く世界最大級の自動車部品サプライヤーであり、MEMS技術の分野でも世界的なリーダーとして知られている。1995年にMEMSセンサーの量産を開始して以来、自動車、家電、IoT、産業機器など多様な分野で活用され、累計出荷数は150億個を超える。
特に、1994年に同社が取得した「Boschプロセス」と呼ばれる特許技術は、シリコン基板に対する高精度なエッチングを可能にし、複雑かつ高性能なMEMS構造の実現を支えている。このプロセスは現在も業界標準の一つとして広く利用されており、MEMS製造の根幹を成す重要技術となっている。ボッシュはMEMS市場での先駆者的立場を維持し続けている。
ソニー
ソニーセミコンダクタソリューションズグループは、ソニーグループの中核を担う半導体事業会社であり、イメージセンサー分野で世界トップクラスのシェアを誇る。同社はMEMS分野においても、MEMSファウンドリサービスを通じて試作から量産までの一貫支援を提供している。
バルクプロセス(SOI基板含む)、表面プロセス、半導体プロセスなど多様な製造手法に対応し、顧客の用途や設計に応じた柔軟な開発体制を整備している。また、MEMS技術に関する研究開発にも積極的に取り組んでおり、新規プロセスの確立や工程の最適化を通じて、デバイス性能の向上と製造効率の改善を図っている。
ブロードコム
ブロードコムは、アメリカを拠点とする半導体およびインフラ技術の大手企業であり、特にRF(無線周波数)分野において高い実績を有している。同社はRF MEMSフィルターの開発に注力し、5G通信やIoTデバイスといった次世代無線技術に不可欠な高性能コンポーネントを提供している。RF MEMSフィルターは、5Gネットワークで利用される高周波数帯において、不要なノイズや干渉信号を除去し、通信品質を高める役割を担う。
ブロードコムのMEMS製品は、スマートフォン、無線LANルーター、基地局などに広く採用されており、通信の高速化・安定化とともに省電力化にも貢献している。
TDK
TDK株式会社は、日本を代表する電子部品メーカーであり、MEMS分野では傘下のInvenSenseブランドを通じてグローバルに事業を展開している。InvenSenseのMEMSセンサーは、スマートフォンやタブレット、スマートスピーカー、ドローン、自動車など幅広いアプリケーションで利用されており、加速度センサやジャイロセンサーなどの高精度かつ低消費電力な製品を提供している。
また、TDKが開発するMEMSマイクロフォンは静電容量型構造を採用し、高感度・高S/N比を実現。スマートフォンや音声アシスタント端末などの音声認識デバイスに多数採用されている。
三菱電機
三菱電機株式会社は、総合電機メーカーとして幅広い分野で先端技術を展開しており、MEMS分野では特に車載用途に注力している。中でも同社が開発したMEMS式車載LiDARは、電磁駆動式の2軸MEMSミラーを搭載し、水平および垂直方向にレーザーを走査することで、高精細な3次元画像を取得可能とした。この技術により、広い水平視野角を確保しつつ、高速かつ高精度に周囲環境を把握することができる。
MEMS式LiDARは、自動運転システムにおいて先行車両や歩行者の検知、物体認識などに活用され、安全性向上と自動運転技術の高度化に貢献している。
MEMSの今後と将来性
MEMS(Micro Electro Mechanical Systems)は、微小な機械構造と電子回路を一体化させたデバイスであり、従来の半導体にはない機械的な可動要素をもつ点が大きな特徴である。加速度センサやジャイロセンサ、マイクロミラーなどの形で、スマートフォンや自動車、医療機器、家電製品に広く組み込まれている。
MEMSはその高性能・小型・省電力性から、IoTや自動運転、ウェアラブルデバイスなど次世代技術の中核部品としての役割を担っており、今後の市場拡大が期待されている。設計や製造には半導体技術がベースとなるため、半導体業界の進化とも強く連動している。今後さらに多機能化・高性能化が進むことで、MEMSはあらゆる産業の革新を支える存在となるだろう。