SiCパワー半導体とは、シリコンカーバイド半導体とも呼ばれる次世代の半導体技術であり、従来のシリコンを用いたデバイスに比べて高温・高耐圧・高周波での動作を可能にする特徴をもつ。近年は電気自動車やハイブリッド車の普及、再生可能エネルギーの拡大、さらにはデータセンターや産業機器の省エネ化といった分野での需要が急速に高まっている。
SiC半導体は電力損失を大幅に低減できるため、バッテリー駆動時間の延長や機器の小型化・軽量化に直結し、次世代社会のインフラを支える中核技術として注目されている。シリコンカーバイド半導体とは何かを理解することは、エネルギー効率や持続可能性に直結する技術動向を把握するうえで欠かせない。本記事では、SiCパワー半導体の特徴やメリット、用途、歴史や市場規模、さらに主要メーカーの取り組みまで幅広く解説する。
目次
SiCパワー半導体とは?
SiCパワー半導体とは、炭化ケイ素(シリコンカーバイド、SiC)を主材料とする次世代のパワー半導体であり、従来の主流であるシリコン(Si)を用いたデバイスに比べて高い性能を発揮する技術である。SiCはシリコンとカーボンが1対1で結合した結晶性材料で、非常に硬く安定した物質だ。
カーボンは結晶構造によってはダイヤモンドとなるほどの強固な性質を持ち、それとシリコンの特性を併せ持つSiCは、高耐圧・高温・高周波といった過酷な環境下でも安定して動作できる点が大きな特長である。従来のシリコン半導体は集積回路やメモリ、太陽電池、LEDなど幅広い分野で使われてきたが、電力変換効率のさらなる向上や小型化、省エネルギー化といったニーズの高まりにより、より優れた素材が求められてきた。
SiCは天然にはほとんど存在せず、1823年に隕石の中から発見されたのが最初であるが、現在ではシリカ(砂)と炭素を反応させて人工的に合成することが可能となっている。この人工合成技術の発展により、SiCは産業利用に適した形で大量生産できるようになり、電気自動車や再生可能エネルギー分野などで注目を集めている。
従来のシリコン半導体では限界があるエネルギー効率や耐環境性能を飛躍的に高められることから、SiCパワー半導体は今後の持続可能社会を支える中核技術として期待されている。
SiCパワー半導体の歴史
SiCパワー半導体の歴史は、半導体研究の黎明期から始まる。1950年、ショックレー、バーディーン、ブラッテンらがゲルマニウムを用いたバイポーラ型トランジスタを開発しノーベル賞を受賞したが、その動作温度は60℃前後に限られていた。
この限界を超える素材として注目されたのが炭化ケイ素(SiC)であり、1955年にレリーが昇華法による高品質SiC単結晶の作製に成功すると、米国空軍は航空機搭載用電子計算機の研究にSiCを取り入れ、国家的プロジェクトとして開発が進められた。
しかしその後、シリコン技術が急速に進歩し、大口径ウェハの実現や125℃での動作が可能になったことで、SiC研究は一時的に停滞した。こうした状況の中、日本の松波弘之氏(現:京都先端科学大学の特任教授)は1968年にSiC研究に着手し、シリコン基板上へのSiC成長という前例のない挑戦を行った。
研磨材として用いられていたSiC結晶を活用し、バッファ層を導入することで再現性のある低温成膜プロセスを確立し、約13年後には世界初のSiCを用いたMOSFETを作製することに成功した。また、SiCの多形問題に対しては、基板裏面から研磨を施す「ステップ制御エピタキシャル成長」を発案し、6H-SiCの安定した単結晶成長を実現した。
この成果は1980年代後半から世界的に注目され、さらに1995年には1500Vに対応するSiCショットキーダイオードを実用化。従来シリコンでは100V程度が限界だった領域を大きく突破した。加えて、バルク結晶を用いたMOSFET開発では電流容量を従来比20倍に高め、トレンチMOSFETへの応用の道を切り開いた。こうした積み重ねにより、SiCパワー半導体は現在の次世代電力デバイスの中核へと発展してきたのである。
SiCパワー半導体の特徴
SiCパワー半導体は、Si半導体と比べて優れた性能を発揮する特性を備えている。ここでは代表的な4つの特徴を紹介する。
広い禁制帯幅
SiCパワー半導体の大きな特徴の一つが、シリコンに比べて約3倍広い禁制帯幅を持つ点である。禁制帯幅とは、電子が価電子帯から伝導帯へ移動するために必要なエネルギー差を指し、この値が大きいほど高温環境でも電気的特性を維持できる。
シリコンは約1.1eVであるのに対し、SiCは約3.2eVと広く、その結果、200℃を超える高温下でも動作が安定する。これにより、自動車のパワーユニットや産業用インバータなど、発熱を伴う厳しい環境においても高信頼性を実現できる。さらに、高温で安定して動作するため、冷却装置の負担を減らしシステム全体の小型化や省エネルギー化にもつながる。
高い絶縁破壊電界
SiCパワー半導体は、シリコンに比べて約10倍高い絶縁破壊電界を持つ点も大きな特徴である。絶縁破壊電界とは、半導体材料が電圧に耐えられる限界値を示す指標であり、この値が高いほど素子を小型化しても高耐圧性能を維持できる。
シリコンでは限界があり、高耐圧素子を作ろうとするとチップサイズが大きくなり、発熱や損失の増加を招いていた。一方、SiCは高い絶縁破壊電界により素子を薄く作っても高電圧に対応できるため、オン抵抗の低減やエネルギー効率の向上を同時に実現できる。この特性は電気自動車のインバータなど、高電圧を扱う応用分野において特に有効で、省エネルギーと装置の小型化を可能にする。
高い熱伝導率
SiCパワー半導体は、シリコンに比べて3倍以上の熱伝導率を持つことも大きな強みの1つである。熱伝導率が高いということは、素子が動作中に発生する熱を効率よく外部に逃がせることを意味し、結果としてデバイス内部の温度上昇を抑制できる。
従来のシリコン素子では高電力を扱う際に冷却装置が大規模化しやすく、システム全体の効率やコストに課題があった。これに対してSiC素子は発熱を素早く放散できるため、放熱設計の自由度が高まり、冷却装置の小型化や軽量化を可能にする。さらに、温度上昇が抑えられることで素子の信頼性や寿命も向上し、高負荷環境での長期運用が可能になる。
高耐圧・高効率な電力変換
SiCパワー半導体は、シリコンに比べて極めて高い耐圧性能と効率的な電力変換能力を備えている。シリコン素子では動作温度がおよそ120℃に制限されるのに対し、SiC素子は300℃、条件によっては600℃に達する高温環境でも動作可能である。
この耐熱性により高電圧・大電流を扱う場面でも安定して性能を発揮できる。さらに、キャリアが流せる電流値もシリコンの約2倍に達し、高電力変換時の損失を大幅に低減できる。その結果、電力制御機器の小型化や高効率化を実現し、冷却装置の簡素化やシステム全体の省エネルギー化につながる。
SiCパワー半導体がもたらすメリット
SiCパワー半導体がもたらすメリットは多岐にわたり、特に次世代社会を支える鍵となる3つを紹介する。
エネルギー効率の向上
1つ目のメリットは、エネルギー効率の向上である。SiCパワー半導体は、シリコンに比べて高耐圧・低オン抵抗・高速スイッチングといった特性を備えているため、電力変換時に発生する損失を大幅に削減できる。特にスイッチング損失や伝導損失の低減効果が大きく、少ないエネルギーで同等の電力を処理できる点が大きな強みである。
これにより、発電から配電、さらには電気自動車や再生可能エネルギーシステムといった応用分野において、効率的な電力利用が可能となる。結果として、省エネ効果が高まり、CO₂排出削減やエネルギーコスト低減にも寄与する。
機器の小型化と軽量化
2つ目のメリットは、機器の小型化と軽量化だ。SiCパワー半導体は、高耐圧かつ高速スイッチング特性を持つため、電力損失を低減し発熱を抑制できる。その結果、大型のヒートシンクや冷却装置が不要となり、電力変換装置全体の小型化と軽量化が可能となる。
さらに高周波での動作が可能であるため、トランスやコンデンサなどの周辺部品も従来より小型化でき、装置全体の体積や重量を大幅に削減できる。これにより、EVや鉄道、再生可能エネルギーシステムなど、限られたスペースや重量制約のある分野での搭載効率が向上し、実用性と設計の自由度を高める効果が期待できる。
信頼性の向上
3つ目のメリットは、信頼性の向上である。SiCパワー半導体は、高耐圧かつ高耐熱性を備えており、従来のSi素子では困難だった過酷な環境下でも安定した動作が可能だ。絶縁破壊電界が大きくリーク電流が抑えられるため、長期間の使用においても性能劣化が少なく、安定性が維持されやすい。
また、高温環境下でも動作できるため、冷却系統の負担が軽減され、部品寿命の延長や故障リスクの低減につながる。これにより、システム全体の稼働率と信頼性が向上し、電気自動車や産業機器、エネルギーインフラのように長期安定運用が求められる分野で大きなメリットを発揮する。
SiCパワー半導体の用途
SiCパワー半導体は、自動車や社会インフラからエネルギー分野まで幅広く活用されている。ここでは代表的な用途を4つ紹介する。
HEV(ハイブリッド自動車)
1つ目の代表的な用途はHEV(ハイブリッド車)である。HEVにおいてSiCパワー半導体は、燃費改善とシステム効率向上に大きく貢献している。デンソー、トヨタ中央研究所、トヨタ自動車が共同でSiCインバータを開発し、プリウスに試験搭載した際には、従来のSi素子と比べて電力損失を低減し、約5%の燃費向上を実現した。その後、市販車としてはカムリに搭載され、実用化が進んでいる。
また、ホンダは燃料電池車向けにSiCを組み込んだシステムを開発し、東京の帝都タクシーに導入して稼働させている。他にも、東京駅とお台場間では燃料電池バスによる実証実験も行われ、実車での有効性が検証されている。
鉄道
2つ目の代表的な用途は、鉄道である。鉄道分野におけるSiCパワー半導体の活用は、省エネルギーと運行効率の向上に直結している。東京都内の地下鉄車両では、従来シリコンIGBTによって大きな損失が発生していた電力制御システムに、SiC SBDを組み合わせたハイブリッド方式を導入し、電力損失を大幅に削減することに成功した。
さらに、小田急電鉄は三菱電機と協力して、全てをSiCデバイスで構成した車両を実用化し、従来比で40%もの電力損失低減を実現している。この成果は鉄道業界に大きなインパクトを与え、山手線をはじめ、新京成電鉄、北神急行電鉄、JR西日本環状線など全国の路線へ広がりつつある。
高速エレベーター
高速エレベーターの分野においても、SiCパワー半導体の導入は大きな効果を発揮している。特に高層ビルでは、エレベーターの運行に膨大な電力が必要となるが、SiC素子を用いた制御システムにより電力損失を従来比で65%削減することに成功している。
また、高耐圧かつ高速スイッチングが可能な特性を活かし、制御装置そのものの小型化を実現し、設置面積を40%削減する成果も得られている。これにより、ビルの省エネルギー化やスペースの有効活用が進み、建築コストや運用コストの低減にもつながっている。
再生可能エネルギー
最後に、再生可能エネルギー分野においても、SiCパワー半導体は重要な役割を果たしている。特に太陽光発電システムでは、発電した直流電力を交流に変換するパワーコンディショナの効率が全体の発電効率を左右する。従来のシリコン素子では変換時の電力損失が大きな課題であったが、SiC素子を用いることで損失を大幅に削減でき、システム全体のエネルギー利用効率が向上する。
京都の電力会社と連携した開発や、三菱電機による高効率な製品化の実現はその代表例である。また、SiCの高耐圧特性により大規模な風力や太陽光発電設備にも適用可能であり、安定した電力供給とともにカーボンニュートラル社会の実現に向けて大きく貢献している。
SiCパワー半導体の市場規模
富士経済グループの「パワー半導体の世界市場を調査」によると、パワー半導体全体では2025年に約3兆5,285億円になると予測されている。次世代パワー半導体に着目すると、2025年時点でSiCが4,558億円、GaNが580億円と見込まれており、2035年にはSiCが2兆9,034億円、GaNが2,787億円にまで拡大すると推定されている。
また、基盤技術であるウエハー市場においても転換が起きており、従来主流であったシリコンウエハーをSiCウエハーが2024年に追い抜いたとの報もある。中国企業のウエハー生産拡大が要因で、GaNウエハーも前年比で2.9倍の伸びが見込まれているという見方がある。こうした動きは、SiCがパワー半導体の主流へとシフトしつつあることを示しており、自動車、エネルギー、産業用用途での導入拡大が、今後さらなる市場拡大を牽引すると考えられる。
SiCパワー半導体を開発しているメーカー・企業
最後に、SiCパワー半導体の開発をリードするメーカー・企業を5つ紹介する。
株式会社デンソー
株式会社デンソーは愛知県刈谷市に本社を置く世界有数の自動車部品メーカーであり、トヨタグループの中核企業として幅広い分野で事業を展開している。同社は自動車向けSiCパワー半導体の開発において独自の「REVOSIC®」技術群を中核とした垂直統合型アプローチを採用している。これはSiC単結晶ウエハーの製造からMOSFET、パワーモジュールの設計・製造に至るまでを自社で一貫して行い、高品質・低損失・高信頼性を確保する取り組みである。
特に、デンソー独自のRAF法を用いることでウエハー中の結晶欠陥を99%以上低減し、超低欠陥のSiC結晶を安定的に得ることに成功している。この成果は業界内でも高い評価を得ている。具体的な製品例としては、2023年3月に発表された同社初のSiCパワー半導体搭載インバーターがある。
このインバーターはBluE Nexus社のeAxleモジュールに組み込まれ、新型レクサスRZのBEVモデルに搭載されており、従来のシリコンデバイスと比較して電力損失を半分以下に抑制し、航続距離の向上と車両燃費改善に大きく寄与している。
東芝デバイス&ストレージ株式会社
東芝デバイス&ストレージ株式会社は、東芝グループの中で半導体デバイスやストレージ製品を中心に展開する企業であり、パワー半導体分野でも長年の実績を有している。同社はSiCパワー半導体の開発に注力しており、その代表的な成果が第2世代および第3世代のSiC MOSFET製品群である。
これらは650Vおよび1200Vの耐圧を持ち、ショットキーバリアダイオード(SBD)を内蔵する構造を採用することで、低オン抵抗と優れたスイッチング特性を両立させ、従来品に比べ大幅な性能向上を実現している。さらに、次世代向けには樹脂絶縁型SiCパワーモジュールの開発を進めており、小型チップの分散配置とAIによる最適設計により、熱抵抗を21%低減し、冷却システムの規模を61%縮小できるプロトタイプを開発している。
また、同社はローム社と協力し、国内における製造能力の強化を進めている。具体的には、東芝がシリコン、ロームがSiCを担当する分業体制を整え、安定供給体制の確立と市場競争力の向上を図っている。
ローム株式会社
ローム株式会社は、京都市に本社を置く大手半導体メーカーであり、アナログICやパワーデバイスを中心に幅広い製品群を展開している。同社はSiCパワー半導体分野においても先駆的な取り組みを行っており、材料からモジュール、システム実装までを一貫して手がける強みを持つ。
2024年6月には、xEV向けトラクションインバータに最適化された2in1 SiCモールドモジュール「TRCDRIVE pack™」を発表した。このモジュールは第4世代SiC MOSFETを搭載し、従来製品に比べて1.5倍の出力密度を実現するとともに、省スペース化にも貢献している。
さらに、グループ会社であるSiCrystal GmbHを通じて150mm径SiC単結晶エピタキシャルウエハーの量産・供給を行い、グローバルな供給体制を整備している。また、STマイクロエレクトロニクスとのウェハ供給契約を拡張し、自動車や産業用途における需要拡大に対応できる安定的な基盤を築いている。
富士電機株式会社
富士電機株式会社は、東京都品川区に本社を置く総合電機メーカーであり、発電・配電機器から半導体まで幅広い事業を展開している。同社はSiCパワー半導体分野においても積極的に取り組んでおり、代表的な製品に「All-SiCモジュール」がある。
このモジュールは高耐圧・高周波・高温特性に優れ、省エネルギー性能の向上と搭載機器の小型・軽量化を可能にしている。具体的な導入例として、東海道新幹線N700Sの主変換装置に採用されており、鉄道分野におけるエネルギー効率の向上に貢献している。また、同社は電気自動車領域にも注力しており、自社開発の第3世代SiC MOSFETを組み込んだモジュールを展開し、高効率かつ小型化されたシステムを実現している。
他にも、松本工場において量産体制を整備するとともに、デンソーと連携して経済産業省から「SiCパワー半導体の供給確保計画」の認定を受け、安定供給体制の強化を進めている。
三菱電機株式会社
三菱電機株式会社は、1921年に創業した日本を代表する総合電機メーカーであり、エネルギー、交通、産業機器、家電など幅広い分野で事業を展開している。同社はSiCパワー半導体の研究開発においても先駆的な役割を果たしてきた。1990年代初頭からSiCの研究に着手し、2010年には世界で初めてSiCパワー素子を搭載した家庭用ルームエアコン「霧ヶ峰」を市場投入した。
この製品は省エネルギー性能の向上に直結する技術革新として注目を集めた。その後も自動車、鉄道、産業機器、家電といった多様な分野において、SiCデバイスを応用した製品の開発を推進している。特に2015年には、鉄道車両向けとして世界初となる「フルSiCパワーモジュール」を搭載した推進制御装置を開発し、実用化に成功した。この成果により鉄道分野における大幅な省エネルギー化と信頼性向上が実現された。
SiCパワー半導体が与える社会への影響
SiCパワー半導体が社会に与える影響は極めて大きい。現在、発電から消費に至るまでのエネルギーフローの中で約15%ものエネルギーが失われており、その内訳は電圧変換時の約5%とモーター利用による約10%に起因している。
この損失を削減するために注目されているのが、従来のシリコン素子に代わるシリコンカーバイド(SiC)パワー半導体である。SiCは高耐圧・高効率な電力変換を可能とし、スイッチング損失や伝導損失を大幅に抑えることができる。
その結果、発電所から電気自動車や産業機器、家庭用電化製品に至るまで、あらゆる段階でエネルギー効率が向上し、CO₂排出削減や省エネルギー化に貢献する。また、再生可能エネルギーや電動モビリティの普及を加速させる基盤技術としての役割も期待される。特に、電力変換プロセスにおける効率改善は電力インフラ全体の信頼性を高め、持続可能な社会の実現に直結するだろう。
 
  
							 
     
     
     
     
     
         
         
         
         
         
         
								