再生可能エネルギーのなかでも、水力発電は歴史が長く、現在に至るまで電力供給を支える重要な電力源となっている。水力発電における水の落差と流量を利用しタービンを回して安定した電力を生み出すというシンプルな仕組みは、成熟した技術として高い信頼性を保ってきた。
一方で、ダム建設による環境負荷や立地の制約など、水力発電特有の課題も存在している。近年は、小規模な落差や流れを活用する中小水力発電も広がりつつあり、水力発電は新たな形で再び注目を集めている。本記事では、水力発電の基本的な仕組みからメリット・デメリットや取り組み事例について解説していく。
目次
水力発電とは?
水力発電とは、高所から低所へ流れ落ちる水が持つ位置エネルギーや、川の流水が持つ運動エネルギーを利用して水車(タービン)を回転させ、発電機を動かすことで電気を生み出す発電方式を指す。
水流を動力源として利用する仕組みは古く、紀元前3世紀の古代ギリシアでは水車が穀物を挽く用途に使われていたと記録されている。日本においては、610年(推古天皇18年)に高句麗から伝わった水車を使った「碾磑(てんがい)」が造られたと日本書紀に記されている。
その後、1832年にフランスのヒポライト・ピクシーが車輪の回転を電力に変換する「ダイナモ」を発明したことを契機に、アームストロングが水力だけで家庭の照明(白熱電球)を点灯させる発明したり、エジソンが水力発電所を建設したりと、水力が産業革命期の機械化・工業化を支える重要な動力となった。
現在では大規模ダムを利用した発電に加え、河川や用水路、既存インフラの落差を活用する数十kW〜数MW規模の中小水力発電が普及しつつあり、環境・社会的制約で大規模新設が難しい中でも導入しやすい発電方式として注目を集めている。
水力発電の仕組みと種類
水力発電の仕組みは多岐にわたる。ここでは、代表的な3つの種類について解説したい。
ダム式

出典:中部電力:発電方法の種類
ダム式水力発電とは、河川をダムで堰き止めて大規模な貯水池を形成し、その水を高い位置から低い位置へ落下させる際の位置エネルギーを利用して発電する方式である。
貯水池に蓄えられた水は、放流口や取水口から導水管・水圧管を通って発電所へ導かれ、落下の勢いでタービンを回転させる。この回転力が発電機に伝わり、電気エネルギーに変換される仕組みだ。
ダム式の最大の特徴は、水を大量に貯めておけるため、雪どけ・梅雨・台風といった水量の多い時期に貯水し、渇水期や電力需要が高まる時間帯に放流して発電できる点である。これにより、自然条件に左右されがちな水力発電の中でも年間を通して比較的安定した発電ができる。
ダム水路式

出典:中部電力:発電方法の種類
ダム水路式水力発電とは、ダムで一度貯水した水を水路や導水路によって落差の大きい地点まで導き、そこからタービンへ落下させて発電する方式である。
ダムで確保した水は、山腹などに設けられた導水路の比較的緩やかな勾配で運ばれ、発電所近くに到達すると水圧管へと入る。水圧管は密閉された構造であり、この区間で水が持つ位置エネルギーが圧力へと転換され、勢いよくタービンへ投入される。タービンは落下水の運動エネルギーを受けて回転し、その回転力が発電機に伝達されて電気が生み出される。
貯水によって得た高さと導水による最適な落差の確保を組み合わせることで効率的な発電が可能となり、山間部など地形を活かした設備として広く利用されている方式である。
水路式

出典:中部電力:発電方法の種類
水路式水力発電とは、河川や水路から取水堰を用いて水を取り込み、比較的長い導水路を通じて落差のある地点まで水を導き、そこからタービンを回して発電する方式である。
具体的には、河川上流の水が水路や導水トンネルを経て下流側へ運ばれ、最終的に水圧管へ入り、水が持つ位置エネルギーと流速を利用してタービンを回転させる。大規模な貯水池を必要としないため、環境負荷や建設コストを抑えやすく、地形を活かした柔軟な発電が可能である点が特徴だ。
導水路を長く確保することで自然の地形に沿って人工的に落差を生み出し、効率的に水のエネルギーを利用できるため、中小規模の水力発電として幅広く採用されている。
水力発電における5つの発電方式
水力発電といっても、河川の流れを活かす方法もあれば、大規模な貯水によって安定した電力を生み出す方式まで実にさまざまだ。ここでは、水力発電を支える代表的な5つの発電方式について解説する。
流れ込み式(自流式)

流れ込み式(自流式)水力発電とは、河川に大規模な貯水池を設けず、川の自然な流れをそのまま発電に利用する方式である。取水堰や取水口で河川水の一部を引き込み、短い導水路や水圧管を通してタービンへ水を送ることで発電を行う。
水を貯める機能をほとんど持たないため、河川の流量が発電量に直結し、渇水期や雨量が少ない季節には発電出力が低下しやすいという特性がある。一方で、大規模ダムの建設を必要としないため、初期投資を抑えられるほか、水没地域の発生を伴わず周辺環境への影響も比較的小さい。
河川の自然条件を生かしつつ比較的簡易な設備で発電できるため、中小規模の水力発電として各地で導入が進んでいる。
貯水池式(ダム)

貯水池式(ダム)水力発電とは、ダムで河川を堰き止めて大規模な貯水池を形成し、その水を必要に応じて放流することで発電を行う方式である。貯水池には、雪解け期や梅雨・台風シーズンなど水量が豊富な時期の流入水を蓄えることができ、渇水期や電力需要が高まる時間帯に合わせて計画的に放流し、タービンを回して発電する。
大量の水を長期間保持できるため、発電量を季節や時間帯に応じて調整しやすく、年間を通して安定的に電力供給を行えることが大きな強みである。また、ダムには治水や利水など多目的利用が可能な場合も多く、地域インフラとしての役割を併せ持つ点も特徴といえる。
ただし、大規模な貯水池の造成には広い土地や環境への配慮が必要となり、建設までに長い期間を要することが一般的である。
調整池式(小規模ダム)

調整池式(小規模ダム)水力発電とは、河川の途中や発電所の近くに比較的小規模な「調整池」を設け、水量の変動を緩和・調整しながら発電を行う方式である。大規模な貯水池を用いる貯水池式とは異なり、調整池に蓄えられる水量は限定的であるものの、1日から数日といった短いサイクルで電力需要の変動に対応できる点が特徴である。
電力需要が低い夜間や休日には調整池に水を蓄え、需要が増大する朝夕のピーク時に放流することで、タービンを効率よく稼働させ、安定した電力供給を実現する。中規模から小規模の河川に適しており、環境への影響を比較的抑えつつ柔軟な運用が可能である。
揚水式

揚水式水力発電とは、上部調整池に貯めた水を下部調整池へ落下させ、その落差によってタービンを回し発電する方式である。最大の特徴は、発電するタイミングを柔軟に制御できる点にある。
電力需要が少ない夜間や余剰電力が生じた時間帯にポンプを稼働させ、下部調整池の水を上部調整池へくみ上げておくことで、需要が高まる昼間や夕方に確実に発電ができる状態を維持できる。
純揚水式

河川などからの自然流入水を用いずに、水の汲み上げ・落下のみを目的として設計される方式を指す。揚水式水力発電のなかでも、純揚水式は取水口や河川からの流入によらず、もっぱら汲み上げから落下のサイクルを繰り返す点が特徴だ。まず、発電所には上部調整池および下部調整池という二つの貯水池が設けられ、電力需要の少ない夜間などには下部の調整池に貯められた水を電動ポンプで上部調整池へ汲み上げて位置エネルギーを蓄える。そして、需要が高まるピーク時にはその水を上部池から下部池へ落下させることでタービンを回し、発電機を駆動させる。
純揚水式水力発電とは、河川や自然流入水を利用せず、上下二つの調整池の間で水を汲み上げと落下のサイクルによって運用する方式である。
揚水式水力発電と同様に電力需要が低い夜間などには、下部調整池にある水を電動ポンプで上部調整池へ汲み上げ、位置エネルギーとして蓄える。需要が高まる時間帯になると、上部池から水を落下させてタービンを回し、その回転力を発電機へ伝えて電力を生み出す。
自然流入に左右されないため、発電量を需要に合わせて高い精度で調整できる点が大きな特徴だ。
世界や日本における水力発電の割合
少し古いデータになるが、世界全体における水力発電の割合は、国際エネルギー機関(IEA)の統計レポート「Key World Energy Statistics 2021」によれば、世界の総発電量の15.7%を占めているとされる。
水力発電は長年にわたり各国で導入が進んできた歴史ある再生可能エネルギーであり、特にブラジル、カナダ、ノルウェーなどでは主要電源として大きな役割を担っている。地形や降水量などの自然条件に影響されるものの、他の再生可能エネルギーと比べて比較的安定した発電が可能な点が世界的な普及を支えている。
日本においても水力発電は重要な電源のひとつであり、資源エネルギー庁が公表した「令和5年度(2023年度)エネルギー需給実績」によると、国内の総発電量の7.6%を水力が占めている。この割合は太陽光発電の9.8%に次ぐ規模で、再生可能エネルギーの中では依然として大きな位置を占めている。
日本は地形的に山地が多く、河川の落差が確保しやすいことから水力発電が早くから導入されてきた背景がある。近年では大規模ダムによる発電に加えて、中小水力発電の活用も進み、地域分散型エネルギーとしての期待も高まっている。
水力発電の市場規模について
2025年にFortune Business Insightsが行った調査レポート「水力発電市場規模、シェア及び業界分析:タイプ別(小規模水力発電と大規模水力発電)、地域別予測(2025-2032年)」によれば、世界の水力発電の市場規模は2024年に1090億5000万米ドルへ到達。
2025年には1160億9000万米ドル、2032年までに1844億3000万米ドルに達すると予測されている。この市場のうち、大規模水力発電所セグメントが圧倒的なシェアを占めており、2024年時点で約56.96%を占めている。
また、地域別ではアジア太平洋地域が2024年に世界全体の市場のうち58.75%を占め、世界の水力発電事業を主導する地域となっている。これらのデータから、水力発電は再生可能エネルギー分野における重要な柱であり、今後もインフラ整備・再構築の需要、気候変動対策、エネルギー安全保障の観点から着実に成長していく市場であることがうかがえる。
北米
北米の水力発電市場は、2025年において世界第3位の規模になると見込まれており、Fortune Business Insights の予測では同年に約140億2000万米ドルへ到達するとされている。この地域は既存の大規模水力インフラを多く保有しており、再生可能エネルギー比率を高める上で水力が依然として中核的役割を果たしている点が特徴である。
さらに、2025年7月にはグーグルがカナダのブルックフィールド・アセット・マネジメント社と水力発電による電力調達契約を締結した。この契約は30億米ドル規模に達し、3GW相当の電力を20年間にわたり購入する内容で、企業による大規模な再エネ調達として世界最大級とされる。
EU
EUは2025年に世界第2位のシェアになるとされている地域だ。Fortune Business Insightsが行った同レポートでは、その規模はおよそ237億米ドル規模と見込まれている。2025〜2032年において4.14%の成長率を示している。特に、スペインは拡大を続けており、2025年には市場規模が162億米ドルに達すると予測。この数値はヨーロッパ市場の70%以上を占める。
Eurostatによると、EUの2024年における総発電量に占める水力発電の割合は14.0%と太陽光・太陽熱の10.5%を上回った
EUの水力発電市場は、2025年に世界第2位の規模へ成長すると予測されており、Fortune Business Insights によれば同年の市場規模は約237億米ドルに達すると見込まれている。2025〜2032年の年平均成長率は4.14%とされ、安定した拡大が続く地域である。
なかでもスペインの存在感は非常に大きく、同国の市場規模は2025年に162億米ドルへ達する見通しで、EU全体の70%以上を占める計算になる。スペインは豊富な水資源と発電所の更新投資を背景に水力発電の拡張が続いている。
また、Eurostatの統計データから経済産業省が作成したレポートによれば、EUにおける2024年の総発電量に占める水力発電の割合は14.0%で、太陽光・太陽熱の10.5%を上回り、依然として重要な再生可能電源の一つとなっている。
アジア
アジア太平洋地域は、Fortune Business Insights の調査によれば2024年時点で世界の水力発電市場の58.75%を占める最大地域であり、総設備容量は約519GWに達している。これは世界全体の水力発電量の3分の1以上に相当し、同地域が水力発電の中核を担っていることを示している。
特に東南アジアでは、インドネシアやフィリピンを中心に人口増加と産業拡大による電力需要が急速に伸びているが、送電網などの電力インフラ整備が十分に進んでいない国も多い。そのため、比較的安定供給が可能で長期利用が前提となる水力発電への期待が高まっている。
また、地域全体では中規模・大規模ダム建設のほか、中小水力の導入も進み、多様な電力需要に対応する体制が整いつつあるのが特徴である。
中国
中国に関しても同調査によれば、水力発電の市場規模は2025年に295億3,000万米ドルに達すると予測されている。事実、湖北省にある三峡発電所は2020年に単一の水力発電所として年間発電量の世界記録を更新した。
さらに、中国はチベット高原を流れるヤルンツァンポ川の下流で、新たに世界最大規模となる水力発電所の建設計画を発表している。その年間発電量は約3,000億kWhに達するとされ、三峡ダムの3倍の規模で、約3億人分の年間電力消費量に相当する。
しかし、建設予定地の下流にはインドやバングラデシュが位置しており、環境影響や水資源管理を巡る懸念がすでに指摘されている。
ラテンアメリカ
によれば、ラテンアメリカは世界第4位のシェアになるとされている地域だ。2025年には58億9000万米ドルに到達すると予測されている。BEN 2024 Summary Reportによると、ブラジルは電源構成の大部分を再生可能エネルギーが占めている。なかでも水力発電は58.9%とおよそ6割を占める。これは、ブラジルにアマゾン川などの潤沢な水資源が存在することが大きい。
最後に、ラテンアメリカの水力発電市場は2025年に58億9,000万米ドルへ拡大すると同調査で予測されており、世界第4位の市場規模を持つ地域と位置づけられている。中でも、ブラジルは域内最大の水力発電国であり、「BEN 2024 Summary Report」によると、同国の電源構成における水力発電の割合は58.9%に達する。
これはアマゾン川流域をはじめとした豊富な水資源を活かした結果であり、ブラジル全体の電力供給の基盤として重要な役割を果たしている。ペルーやコロンビアなど他の国々でも水力発電は重要な電源として扱われており、地域全体で再生可能エネルギー依存度の高さが特徴である。
水力発電のメリット・特徴
ここでは、水力発電のメリット・特徴について4つのポイントにまとめて解説したい。
温室効果ガスを排出しないため環境にやさしい
まず挙げられる水力発電のメリットは、温室効果ガスを排出しない点だ。水力発電では、水が高所から低所へ移動する際の位置エネルギーや流れの運動エネルギーを利用してタービンを回転させるが、この仕組みには燃料の投入や燃焼といった工程が一切存在しない。
そのため、CO₂やメタン、一酸化炭素などの温室効果ガスや大気汚染物質が発生しない。火力発電が化石燃料の燃焼に伴い大量のCO₂を排出するのとは対照的で、自然の水循環を利用する水力発電は地球温暖化対策の観点からも優れた電源であるといえる。
発電技術そのものが環境負荷の低い仕組みで成立している点は、水力発電の最大のメリットだ。
エネルギー変換効率が高い
次に、水力発電は発電方式の中でも特にエネルギー変換効率が高い点が大きな特徴である。他の発電方式と比べて優れている点は、水の落差・流量という比較的単純な自然エネルギー源を活用してそのままタービンの回転力として利用できるため、エネルギーロスが少なく、効率の高い発電が可能だ。
一般的に水力発電の変換効率は85〜90%程度とされ、太陽光発電の15〜22%や風力発電の35〜50%と比べても高い水準にある。これは、天候の変動による影響を受けにくく、水流という安定した自然エネルギーを直接利用できる点が大きく寄与している。また、タービンや発電機といった設備も成熟した技術であり、機械的損失が少ないことも高効率を支える要因となる。
維持管理コストが安い
そして、水力発電は維持管理コストが安い点も大きなメリットの1つといえるだろう。水力発電所に用いられるダム、タービン、発電機、導水路といった主要設備は長期運用を前提に設計されており、数十年規模で安定して稼働できる強固な構造をもつ。
そのため、設備更新の頻度が小さく、定期的な点検や適切な保守を行うことで長期間使用できる点がコスト面でのメリットにつながる。また、燃料を必要としないため、燃料調達や価格変動に伴う運転費用が発生しないことも維持管理費の低減に寄与する。
ただし、中小水力発電の場合は設備規模が小さい分、単位当たりのメンテナンス効率が下がるため、大規模水力発電に比べてコストが高くなる傾向にある。
資源が枯渇しない(再生可能エネルギー)
最後に、忘れてはならない特徴として、水力発電は、エネルギー源である水が枯渇しない点で再生可能エネルギーの代表といえる。地球上の水は、太陽の熱によって海や河川から蒸発し、雲を形成し、雨や雪となって再び地表に戻る。
この水循環は自然が維持するサイクルであり、化石燃料のように採掘量に限界がある資源とは異なる。降水が山岳地帯に落ちれば河川やダムに流れ込み、再び発電に活用できるため、長期的に安定した電源として利用できる点が大きな特徴だ。
気候変動による降水パターンの変化などの影響は受けるものの、基本的には太陽エネルギーと水循環が続く限りエネルギー源が途絶えることはなく、持続的に活用できる発電方式だ。
水力発電のデメリット・課題
水力発電は、CO₂などの温室効果ガスをほとんど排出しない発電方法ではあるものの、自然環境に依存しているため電力供給が安定しない、建設場所の制約があるなど、デメリットも存在している。
立地や場所が限定される
まず考えられる水力発電のデメリットが、建設可能な立地が大きく制限される点だ。発電には、水が高所から低所へ落下する際の位置エネルギーが不可欠であり、十分な落差と安定した流量を確保できる河川が必要になる。流れが緩やかで落差の小さい地域ではタービンを効果的に回せず、発電量が小さくなるため採算性が低下する。
また、ダムや取水口、導水路、水圧管といった大規模設備を建設するには、地盤が強固であることが前提で、地すべりや土砂流出のリスクが高い場所は適さない。これらの条件を満たす地点は限られており、地形や地質の制約が水力発電の導入拡大を難しくしているのが実情である。
初期費用が高い
次のデメリットとして、水力発電所の建設に伴う初期費用が高い点が挙げられる。発電所を建設するには、河川を堰き止めるダムや導水路、発電設備を整備するための大規模な土木工事が必要で、膨大な資材と専門技術をもつ人員を長期間投入しなければならない。工期は数年から十数年に及ぶことも珍しくなく、その間の建設費用は莫大になる。
また、建設前には地質調査や環境影響評価が義務付けられており、調査だけでも長期間の時間と費用を要する。加えて、水没区域に住む住民への補償や移転、道路や橋の付け替えといった周辺インフラ整備にも大きなコストが発生する。
その他にも、水力発電所は山間部に建設されることが多いため、都市部への長距離送電線の敷設にも大きな費用がかかる。これら複合的な要素により、水力発電は他の発電方式と比べても初期投資の負担が非常に大きい。
電力量が降水量に左右される
そして、水力発電の電力量は、河川の流量や降水量・降雪量といった自然条件に左右される点も課題だ。水を燃料とする再生可能エネルギーであるため枯渇の心配はないものの、干ばつや少雨が続くと取水量が減少し、タービンを十分に回せなくなる。
また、近年は気候変動の影響で雪解け時期が早まったり、降水パターンが偏ったりすることもあり、発電可能な時期や量が年間を通して安定しにくい。特に流れ込み式や中小水力発電では貯水能力が小さいため、降水量の影響をより強く受ける。
火力や原子力のように計画的に燃料投入を調整できないことから、水力発電は自然環境の変動に伴い出力が不安定になりやすいという欠点を抱えている。
周辺住民や環境への影響の可能性
最後に、大規模な水力発電所の建設は、周辺環境や地域社会に深刻な影響を及ぼす可能性がある。河川を堰き止めてダムを築くことで水生生物の遡上経路が遮断され、産卵場所の消失や種の減少を招くことがある。
また、上流から流れる土砂が堰き止められるため、河川の地形や生態バランスが変化し、下流域の自然環境にも影響が及ぶ。さらに、ダム湖の形成により森林や渓谷が広範囲で水没し、陸上動植物の生息域が失われることも避けられない。
社会面では、建設地が集落に重なる場合、住民は立ち退きや移転を余儀なくされる。これは単なる住居の移転にとどまらず、地域コミュニティの分断や、その土地特有の伝統的文化や歴史的遺産の喪失といった事態にもつながりかねない。
水力発電に関する日本の取り組み
最後に、水力発電に関する日本の取り組みについていくつか紹介する。
中小水力発電の導入促進
日本政府は、安定した純国産の再生可能エネルギーとして中小水力発電を重視しており、その導入を加速させるために重層的なバックアップ体制と支援制度を構築している。その支援体制の核となるのが、事業者に収益の安定性を保証する固定価格買取制度(FIT)、あるいは市場連動型のFIP(フィードインプレミアム)制度だ。
また、導入初期のリスクを軽減するため、ポテンシャル調査や流量観測、地質調査といった事前の設計準備費用に対して補助金が交付され、事業化の判断に必要なデータ取得を支援している。
さらに、中小水力発電特有の障壁である複雑な行政手続きを円滑にするための支援も備えている。事業者が迷いやすい河川法に基づく水利権申請の手続きや、関係機関との調整プロセスを明確化していることにくわえ、地域単位で専門家が相談に応じる窓口を設置。
こうすることで、複雑な許認可手続きや地域合意形成のノウハウを提供し、事業停滞を防ぐ体制が敷かれている。詳しくは「中小水力発電の導入促進に向けた手引き」を参照してほしい。
日立産機システムのマイクロ水力発電
日立産機システムが手がけるマイクロ水力発電システム「エネルギー回収システム EBS-F150L」は、工場設備や上下水道施設、農業用水路などの配管内で生じる未利用の水流や、わずかな落差を活用して電力を回収することを目的とした小規模水力発電装置である。本システムの最大の特徴は、有効落差3〜10メートルという従来では発電が難しかった低落差環境でも安定した発電を可能にした点にある。
これは、斜流水車とオープンインペラ構造を採用することで、水流のエネルギーを効率よく回収できるよう設計された結果であり、浄水場や水処理施設の放流水、工業用プロセスの排水など、これまで利用されずに捨てられていた水力エネルギーを再生可能エネルギーとして有効活用できるようになった。
発電出力は約4.6kWで、得られた電力を工場設備の自家消費に回すことで、電力コストの削減とCO₂排出量の低減に寄与する。さらに、本システムは大規模な土木工事を必要としないため導入しやすく、既存インフラを活用した分散型電源としての役割も期待されている。
まとめ
水力発電は、水の落下エネルギーや流れの運動エネルギーを利用してタービンを回し発電する方式であり、化石燃料を使用しない再生可能エネルギーとして高く評価されている。
水は降水・蒸発・河川流入を繰り返す循環資源であるため枯渇の心配がなく、発電時にCO₂などの温室効果ガスを排出しない点で環境負荷が極めて小さい。また、太陽光や風力と比べて変動が少なく、揚水発電と組み合わせることで電力系統の調整力としても重要な役割を担う。
一方で、大規模ダムの建設には巨額の初期費用が必要となり、森林や河川生態系の変化、地域住民の移転など避けがたい社会的影響を伴うという課題がある。こうした状況を踏まえ、日本では既存ダムを活用した揚水発電の強化や、環境負荷の小さい中小水力発電の導入拡大が求められている。
水力発電のポテンシャルを最大限に生かしつつ、地域や自然環境と調和した運用を行うことが、今後の持続可能なエネルギー政策に不可欠である。